D・カーネギー『話し方入門』
私は話すのが苦手である。
なぜみんな滔々と言葉を話すことができるのか不思議だ。
私は誰かと会話し終えたら、こう言っておけばよかったとか、あれは言わなくてよかったな、とか一人反省会をする。なんであんなことを言ったんだろう? と後悔することがしばしばある。
で、今回はカーネギー氏の「話し方入門」という本について書こうと思うのだが、本書は「スピーチ」に関する内容がほとんどであった。
私は日常生活において「スピーチ」する場なんてまずないので、読むか読むまいか逡巡した挙句、とりあえず、授業でのトークスキルを向上させるためにも読んでおくか、ということで読むことにした。
なるほど、なるほど、なるほど、と、多くのなるほどを得た。
(まあ、本で得た知識はアウトプットしなければいけないので、読んだだけじゃ意味がないわけだけどね)
- 1.勇気と自信を養う
- 2.自信は周到な準備から
- 3.有名演説家はどのように準備したか
- 4.記憶力を増進する
- 5.スピーチの成功に欠かせないもの
- 6.上手な話し方の秘訣
- 7.スピーチの始め方
- 8.スピーチの終わり方
- 9.わかりやすく話すには
- 10.聴衆に興味を起こさせる方法
- 11.まとめ
1.勇気と自信を養う
・準備
準備を怠ってはいけない。
話そうとする内容を知り尽くす必要がある。自身がその内容をあまり理解していないならば、どれだけ立て板に水に話したところで、聴衆の心をとらえることはできない(まあ、ふつう、話し手が理解していなかったら、口ごもってしまうものだが)。
準備万端の状態で、スピーチに臨むのだ。
・自信
「あえて自信ありげにふるまう」ことも大切だ。
人間の行動は感情に従っているように見えるが、実際にはこの両者は相伴うものである。意志の直接の支配下にある行動を統制することにより、意志のままにならない感情をも間接的に律することができるのだ。
つまり、自然発生的な快活さを失ってしまったとき、いかにも快活らしくふるまうことが大切なのだ。勇気を持ちたければ、勇者のようにふるまえ! ということだ。そうすれば、勇気が恐怖心に取って代わるだろう。
・練習
誰もが頭の中では理解できるが、なかなかできることではないことがある。
それは――
「練習」だ。
一に練習、二に練習。
それを怠っては、結果はついてこない。
当たり前だ。だが、当たり前のことができない。
そもそも、恐れは無知や不安から生じるものなのだ。恐れは自信の欠如の結果とも換言できよう。
では、自信の欠如の原因は何か?
それは自分の本当の力を知らない、ということだ。
それでは、なぜ本当の力を知らないのか?
経験不足なのだ。
エクセルができるようになるために、参考書ばかり読んでも意味がない。
私は、あらゆる動画を見て、いっしょにエクセルを触ることで、ある程度できるようになった。
それと同じように、経験をとにかく積むことが大切なのだ。
2.自信は周到な準備から
・思念の組立
言葉はつねに自分のなかにある。
想い・考え・信念・望み。
それらは自分のなかにあって、それらを組み立てる作業、それこそスピーチである。
スピーチの準備とは、考えること、深く考えること、思い出すこと、最も心をひかれるものを選び出すこと、それらに磨きをかけてひとつのパターンにまとめ、自分独自のモザイク模様をつくりだすことだ。
そこに必要なのは、多少の集中力と目的意識だけだそうだ。
ドワイト・L・ムーディーという人(アメリカの伝道者)は、次のように語る。
「何かひとつの題材を選んだら、まず大きな封筒の表にその題名を書く。どの題材についてであれ、本を読んでいてこれはというものにぶつかったら、それをメモして該当する封筒に入れてそのままにしておく。またいつもノートを持ち運んでいて、ひとの説教の中に、どれかの題材を解明してくれそうなものを耳にしたら、書き留めてそのメモを封筒に入れる。新しい説教の文句が必要になると、ためてあったものを全部引っ張り出す。素材は十分そろっているので、こっちで削ってあっちで加えるといった調子で、説教の原稿の手直しをする」
なるほど、このやり方は何においても応用できそうだ。
思考の断片を紡ぎ合わし、自分の思考を理路整然としたものにするためにも、こういった作業は非常に有効だ。
・余力を蓄える
スピーチの素材を集めに集めても、そのうち九十パーセントを捨てる勇気を持つべきだという。
セールスマンが商品についてできる限りの知識を持つべきであるというのは理解できる。だが、たんぱく質とかどうとか炭水化物がどうとか、顧客に言っても理解してくれ そうにない専門的なことも覚えるべきなのか?
その答えはイエスだ。
なぜか?
そういった専門的な知識は決して「顧客のため」ではなく、「自分のため」だからだ。手がけている商品のことをAからZまで知っていれば、ちょっと口では説明できないような思い入れも心の中に生じてこようというものだ。
これをカーネギー氏は「余力を蓄える」と表現している。
3.有名演説家はどのように準備したか
・演説方法
「話し手は、自分の題材について熟知していなければならない。それについてありとあらゆる事実を集め、整理し、検討し、咀嚼すべきである。資料は、題材の一側面だけでなく、別の側面、いや全側面から一つ残らず集めてくる。そして、それらが事実であって、単なる憶測や独断でないことを確認する。たった一つでも、自明のこととしてやりすごしてはならない。
そのためには、すべての事項を調べ実証する。なるほど、これは骨の折れる作業である。しかし、そんな苦労とて何ほどのものだろう。他人に向かって指導し、教授し、助言しようという時に。権威者として人前に立とうという時に。
事実を収集し整理したなら、そこから必然的に導き出される結論を自分の頭で考えだす。そうすれば、スピーチは独創性と個性を得て、生気を帯び人を動かさずにはおかないものとなろう。話し手自身がそこにいるからだ。あとは、まとまった考えをできるだけ明確に論理的に書き出しておくこと」
・文章の磨き方
ベンジャミン・フランクリンは言う。
「その頃、私は、スペクテイター誌の合本の一部をたまたま見つけた。すでに第三号だったが、私がこの新聞にお目にかかったのはそれがはじめてだった。買ってきて繰り返し読んだが、なかなか楽しい。文章が秀逸で、できることなら真似したいものだと思った。そんな思惑で私は、中の数紙を選んで、文章ごとの要旨をメモし、二、三日放置、そのあと原本を水にメモだけで新聞を完成させるということをやってみた。各要旨の意味するところをふくらませ、元のとおり過不足なく、思いつく相応しい言葉を使って再現するわけだ。そして「我が家版スペクテイターと本物をくらべて、自分の文章の欠点を訂正するのである。そうやって気付いたのは、語彙が増え、しかもそれをすみやかに思い出して使いこなす力がついたことである」
(これは文章を上達させる方法として、かなりいいものではないか。時間かかるが、文章力というものは一朝一夕でつくものではない。私自身、乙川優三郎さんとか平野啓一郎さんとかの宮本輝さんの文章とか流麗だなと思い、一時期、彼らの文章を真似ていた)
ほかにも多くの方(名前は存じ上げない方ばかりでしたが)の演説方法が紹介されていた。
・丸暗記はいけない
最後に、丸暗記はしてはいけない、ということが書かれてあった。一言一句覚えようとするのは時間の無駄だし、みじめな結果を招くだけだ。原稿の字句を逐一思い出そうとする行為は、人間の頭の働きの逆らうことを意味する。
スピーチというのは、ひとの心を動かすもの。
記憶された言葉を無感情に話すのでは、誰の心も揺るがせまい。
4.記憶力を増進する
・記憶の自然法則
著名な心理学者、カール・シーショア教授は「平均的な人間の記憶力は、実際に持って生まれたもののせいぜい一割しか使われていない。あとの九割は、記憶の自然法則に背くことで無駄にされている」と言う。
彼の言う「記憶の自然法則」は次の三つだ。
・印象付け
・反復
・連想
だ。
・印象付け
覚えたいと思うものについて、鮮明で深い印象を得る必要がある。
なるほど、感銘を受けた出来事は、長く覚えているものだ。
私の場合、高校に受かったとき、大きなテニスの試合で勝ち進んだとき、そんな大きな出来事の記憶が深く根付いている。
では、どうやって鮮明で深い印象を得ようか?
・集中
(もちろん、だね)
・正確に印象をつかむ
(通勤中の道に大きな桜の木が立っているとする。しかし、それに気づかない。それはなぜか? 注意を払っていないのだ。観察力が足りないのだ。正確に印象をつかむというのは、そういうことなのだ)
・視覚からの印象を最も大切にする
(ほかにも聴覚などの感覚も使ってみる。絵にして覚えるというのもひとつのアイデアだろう)
・反復
反復のパワーを侮るな。
反復こそ記憶力増進の大きなカギなのだ。
次の日に学んだことの74%を忘れるという、アレ。
アレが証明しているように、人間はとにかく忘れっぽい。
しかし、反復をすることで、記憶は定着していくもの。
かといって、膨大な量をその日に何度も何度も繰り返し覚えようとするのでは徒労に終わる。翌日、翌々日……と繰り返すことが重要なのだ。そして、その日に覚えようとするものは少なくていい。むしろ、少ない方がいい。十分でいい。十分を一ヶ月かけて定着させるようとする。それだけで強固たる記憶力の完成である。
・連想
最後は「連想」。
これは面白い。
たとえば、「藤原竜彦」といった名前のひとがいるとする。
この名前を覚えようとするとき、どうするか?
「藤原竜也みたいな名前だなあ」とか「竜のようなすごみはないなあ、名前負けしているなあ(失礼)」とか、そんなことを思うだけで、ひとの名前は憶えやすくなる。
そして、その文章(連想)は馬鹿げていればいるほど、案外、記憶しやすくなるそうだ。
たしかに、上の例の覚え方もけっこう馬鹿げているからね。
(連想ではないが、ひとつ。
リトマス紙の変色で(お母さん 青→赤:酸性)と覚えたことや、イオン化傾向の(貸そうかな? まあ、あてにすんな。ひどすぎる借金/L Ca Na Mg Al Zn Fe Ni Sn Pb H2 Cu Hg Ag PT Au)とかは今でもちゃんと覚えている。すいへーりーべーも。
そういったくだらない語呂合わせは侮っちゃいけない。
脳はそういったくだらないことを覚えたがるたちなのだろう)
5.スピーチの成功に欠かせないもの
・プラトー
努力に努力を重ねても結果が出ない。
それはもしかするとプラトー(停滞期)ではないか?
進歩というのは、漸進的なものではない。
急発進と、急上昇の繰り返しだ。
そのなかにプラトー(足踏みの期間)がある。
このプラトーの存在を知らずに、努力をやめてしまう者が多くいる。
しかし、この期間を粘り強くやり過ごしたひとにだけ、翼が与えられる。空へはばたくことができる。
・成功を思う
この章では、スピーチの成功方法が書かれてある。あまりに当たり前すぎるがゆえに、読み飛ばしたくなるようなこと。
それは「成功を思うこと」だ。「自分は成功する」そう信じること。
まあ、至極当たり前だ。
だが、前述したが、こんな簡単なことさえ我々はできていない。
私なんてまっっったくできていない。
成功する自分ではなく、失敗する自分ばかり見ている。
それではいけない。
信じ抜くこと。
大事MANブラザーズも、「それが大事」って歌っているからね。
(「それ」が指し示すものは「負けないこと」「投げ出さないこと」「逃げ出さないこと」「信じ抜くこと」の4つだ。だから、「それ」ではなく「それら」ではなかろうか、と考えるのは、野暮というものですね)
信じることができたら――今度は、成功するのに必要な行動を起こすだけだ。
6.上手な話し方の秘訣
・話し方
演説をするには大切なことが三つある。それは「誰が」演説するか。「どんなふうに」演説するか。「何を」演説するか。この三つだ。
では、この三つのうち重要度が低いのはどれだろうか?
実は、これ「何を」演説するか、なのだ。
傾聴に値する話というのは、単なる言葉以上の何かがあるそうだ。
大切なのは「どう話すか」である。
面接でもしばしば聞く。
内容よりも印象だ、と。
内容がいかに優れていても、ボソボソ暗い調子で話されると点数は低い。
内容に中身がなくても(なさすぎるのもいけない)、明るくハキハキと強弱があって、といったふうな話し方であれば、少なくとも印象は悪くないはずだ。
・自然体
また、聴衆との関係も重要だ。
聴衆の頭の向こうを見つめたり、床に目を落としたりする話し手はいけない。意思疎通が行われていないわけである。よいスピーチというのは日常会話の音声と率直さを拡大したものである。普通の個人と話すみたく、対話するみたく、自然体に、人間らしく話すのだ!
あとは、「重要な言葉を強調し、重要でない言葉は軽く言う」みたいな工夫を凝らしてみるのもいい。あえて低い調子で言ってみせたり、話す速度を変えてみたり、重要なポイントの前後に間を置いてみたりする。そんな感じで、いろいろやっていく中で、「これだ!」と思えたものを採用していくってことでいいんじゃないかな?
7.スピーチの始め方
・出だし
聴衆の頭が冴えているうちに、出だしはキチンとしておいた方がいい。
前置きは短く、できるだけ少ない言葉で題材の核心に突入するのがいい。
前置きダラダラだと聴衆が飽きてしまう。
また、ユーモラスな話もいらない。お詫びの言葉もいらない。
こういったものは「ダラダラ」に値するものなのだ。
ユーモアはケーキ上に振りかけられた粉砂糖なのだ!
メインは?
もちろんケーキ。
素人が粉砂糖いっぱい振りまいているんじゃねえぞ!
そういうわけらしい。
・聴衆を惹きつける方法
さて、聴衆の注意を即座位に惹きつけるのはどうすればいいか?
・好奇心を起こさせる
(その昔、小説家を目指し、奮闘する女性がいました。彼女は教師をしていましたが、執筆活動に専念すべく職を手放し、無職で、生活保護を受けながら、何とか生活をやりくりしていました。そんな彼女に娘がいました。離婚した夫との間に生まれた子。残された子。そんな中で、彼女はうつ病になり、一時期自殺も考えたそうだ。そんな彼女はなんと今や超売れっ子作家……。そう彼女こそが「ハリー・ポッター」の生みの親・JKローリングさんだ。)
※あえてJKローリングという名前を伏せ、「いったい誰のこと言っているんだろう?」と疑問に思わせる。
・具体例を挙げる
(たとえば、地球から宇宙までの距離を説明する際、「実は、地球から宇宙まで100km(国際航空連盟の定義したものにのっとる)なんです、意外と短いでしょ?」と言ってしまうのはナンセンス。
「地球から宇宙までの距離は、東京・熱海間と同じなんです」といった方が、驚きは大きいはずだ。なぜなら、頭で理解しやすいから。)
・何か品物を使う
(メラビアンの法則。コミュニケーションにおいて相手に伝わるのは、言語情報7%、聴覚情報38%、視覚情報55%といわれている。そう考えると、視覚的に判りやすく説明するのが重要視される理由が分かるだろう)
・何か印象的な言葉を使う
(オバマ氏の「Yes,we can」が最たる例)
・ショッキングな事実は注意を惹きつける力を持っている
(『FACTFULLNESS』でも記載)
8.スピーチの終わり方
・締め方
スピーチの終わり方。
まあ、スピーチに限らず、「締め」は大切だ。
終わり良ければ総て良し
そんな諺があるくらいだ。
初めは印象が悪かったひとも、最後にいい印象に変われば、その人への評価は「GOOD」で終わる。だが、初め、印象がよかったひとが、最後に印象が悪くなってしまったら、その人への評価は「BAD」になる。
他にも、東京ディズニーランドへ行って思う存分楽しんだのに、最後の最後に財布を落として失くしてしまったら、その日の思い出は「最悪」なものになる。
スピーチの終わり方。
「この問題については、私の申し上げたいことは話し終えました。これにてスピーチを終わります」
これじゃあ、駄目だ。
印象がない。
じゃあ、どうする?
・話の要点をまとめたり、くり返したり、手短に概略を述べたりする。
(たいていの本が、最後に『まとめ』とあって、理解しやすいように工夫が凝らされている。残念ながら、私のブログには『まとめ』がない。書くのがメンドクサイのもあるが、まとめる能力がないのも理由のひとつだ。もし、私がまとめるのがうまい人間なら、こんなに長ったらしい文章を書いたりはしない)
・行動を起こしてくれるよう訴える
(そのためには少々危機感をあおるのも手だろう)
・聴衆を心からほめる。
・笑わせる
(苦手だ。笑わせようと思って、恥かいてしまうことが多々ある。そしたら、私は照れ隠しから早口に変わる。顔も俯き加減になる。あ、これ授業の話ね)
スピーチの終わり方について、ほかにもいくつかあったが、「聖書から引用する」といった、いかにも海外的なことが書かれてあったので、省略させていただく。
9.わかりやすく話すには
・スピーチの目的
そもそも、スピーチは以下の目的がある。
・何かをわからせる
・感銘を与えたり、納得させたりする
・行動を起こさせる
・楽しませる
つまり、聴衆が理解できる範囲で、おもしろおかしく話をする必要があるということだ。
・たとえ話
かつて弟子がキリストにこんなことをいった。
「人々に教えを説く時、なぜたとえ話をなさるのですか?」
キリストは答えた。
「なぜなら、彼らは見えていても見ない。聞こえていても聞かない。また、悟りもしないからだ」
キリストは「神の国」について説明する際に、こんな「たとえ話」をした。
「神の王国はパン種のようなものである。汝がそれを取り、三升の粉の中に入れると全部がふくらむ。また、神の王国はよい真珠を探し求める商人のようなものである。また、神の王国は海に投げられた網のようなものである。」
聴衆のなかのおかみさんは、毎日パン種を使っていた。
聴衆のなかには商人もいたし、漁師もいた。
なるほど、聴衆は「小難しいこと」は進んで理解しようともしないが、「たとえ話」なら耳を傾ける態度をとってくれる。それが「自分に関係するもの」ならば、もっと聞いてくれようとしてくれる。
・専門用語はいけない
わかりやすくものを話すために、専門用語は避けるべきである。これは改めて書くようなことではない気がするが、特に、最近だと「アジェンダ」とか「エヴィデンス」とかいった気取った横文字が往々として言われているが、そういった言葉は使っている者や、それを理解している者からすれば「これくらい知っておけよ」といった気持ちだろうが、実際問題、そういった横文字を知らないひとたちも多くいるのだから、これに関しては横文字使いたがりの人たちに非があると言えるだろう。
(今から引用する文は村上陽一郎氏の文章である。
そこから覗えるヴィルスの特徴は、感染率は極めて高いが、死亡率はある程度穏当で、その意味では、極めて「賢い」(ヴィルスは本来生き物ではないが、生体内で「生きる」ための戦略に長けている)性格のものだという点である。それは人間にとっては、具合が悪いのは当然で、不顕性の患者、いわゆる〈silent spreader〉が多数あることの原因でも、結果でもある。
これはコロナに関する文なので、書かれたのは今年ということになる。
世間一般では「ウイルス」「ウィルス」と呼ばれているのに、村上氏は「ヴィルス」と呼んでいたり、「いわゆる」のあとに(そもそも、「いわゆる」の意味は「世間でいう」である。)〈silent spreader〉といった聞いたこともない英語が何の説明もなく、村上氏は書いている。村上陽一郎氏は、東大・国際基督教大の名誉教授で、非常に権威のあるお方だ。そんなひとの文章を「判りにくい」と糾弾しているわけではないが、そうとられても仕方ない。ただ、引用文の元は『コロナ後の世界を生きる』という新書であり、それは老若男女問わず手に取るであろう部類の本なので、もう少し分かりやすくてもいいのではないか? と思ってしまったので、こんなことを書いた)
・くり返し
反復の大切さも本書に記されていた。
かのナポレオンも修辞上で重要な原則は「反復」だと言っている。
だが、ただ繰り返すだけでは芸がない。
(耳に残るキャッチフレーズは何度も繰り返すべきだとは思うが)
別の言葉に言い換えよう。
自分の言おうとすることを自分が理解していなければ、人に理解させることはできない。自分の言おうとすることが自分に鮮明にわかっていればいるほど、それを相手の頭に鮮明に送り込むことができる。
「AならばB」を「not Aならばnot B」というふうに言い換えているだけで、本質的な内容は変わっていない。だが、そうだと聴衆には気付かれないようにする。それがスピーチ上級者のテクニックらしい。
10.聴衆に興味を起こさせる方法
・自己中心
クイズ番組が好きな人はどんな人だろう? …①
自己啓発書を読む人はどんな人だろう? …②
スカッとする系の話が好きな人はどんな人だろう? …③
①はおそらくクイズが好きだったり、勉強ができる人だったりするのではないか? 少なくともクイズというか頭を使うのがそんなに好きではないひとは、まず「クイズ番組」など見ないだろう(好きな芸能人が出ているとかなら別)。
②は、自分に自信が持てない人や、成功したいけどどうもうまくいっていない人ではないか? 少なくとも、今の自分に満足している人や、小学生とかは読まないだろう。
③は? 日常生活に潜むストレッサー、例えばグチグチ文句を言ってくる老人、態度の悪い客、理不尽なことをいってくる上司……そんな人たちに悩まされている人が「スカッとした気分」になりたくて、そういった話を読むのではないか?
まあ、何が言いたいかというと、「私たちの主な関心ごとは自分自身」であるということだ。それはジェイムズ・ハーヴェイ・ロビンソン『精神の発達過程』からも判る。少し引用しよう。
私たちは誰でも目覚めている間、ずっと何かを考えているように思える。そして、たいていの人は自分が眠っている間も、起きている時以上に、ひたすら考え続けていることに気付いている。何か実際的な問題にかまけている時以外は、今や「白昼夢」という呼び名で知られているものを見ている。これは、私たちが無意識のうちに好んで行っている思考の一形態である。私たちは自分の思いが何かに向かうのにまかせている。何に向かうかは私たちの希望や恐怖、無意識の願望、その願望の達成や挫折、好きなものや嫌いなもの、愛情や嫌悪、憤りなどによって決まる。私たちにとって最大の関心ごとは自分たち自身以外に何もない。多少とも無理にコントロールされたり、方向付けられたりしているものを除くすべての考えは、どうしても最愛の「自分自身」のまわりをぐるぐるまわり続けざるを得ないのだ。自分自身や他人の中にこのような心の働きを見ることは、おかしくもあり哀しくもある。私たちは礼儀正しく寛大にもこの事実に目をつむりがちであるが、思い切って目を向けてみると、それは真昼の太陽のようにはっきり見えてくる。
だから、話をしている相手は、いつも自分のことを考え、自分を正当化し、賛美している人たちであると理解すべきだそうだ。
北朝鮮の弾道ミサイル、尖閣諸島問題、北方領土問題、あらゆる外交問題がニュースで報じられても、私たち国民は自分のことを考えていただろう。
タオル持ってくるのを忘れた……
アイス食いてえ……
イヤホン壊れた……
そんなことを思う。
誰も
これから外交問題どうなるんだろう……
とか思わない。
(いや、不安に思っている人もいるだろうが、朝から晩まで外交問題について頭を巡らせている人はほぼいないだろう)
このことから、聴衆には「偉人の話」なんかするよりも「あなたはできる! あなたはすごい!」といった励ましの言葉を贈る方がいいのは理解できるだろう。
「自分のことばかり」語る人がうんざりされるのはそういう理由だ。
(だが、その「自分のこと」が相手の人生の不安にリンクするような話の場合は話は変わってくる。嫌われがちな「自分語り」がありがたられる瞬間が訪れることもある。就職活動せずにぐーたらぐーたら二十代を浪費していたが、三十歳になって大金持ちになった人がいたとする。その人の繰り出す「自分語り」は、ある人には興味のあるものになるだろう。以下に具体例)
さて、次にジョン・M・シダール(アメリカのとある雑誌の売り上げを飛躍的に上げた人)の言葉を引用しよう。
「人間なんて自分勝手なものです。彼らが関心を持っているのは主に自分のことばかりです。鉄道を国有化すべきかどうかということよりも、どうすれば自分が昇進できるか、どうすれば給料が上がるか、どうすればいつも健康でいられるか、といったことに関心があるのです。ですから、もしも私がこの雑誌の編集長だったら、歯の手入れ方法、入浴法、夏の涼しい過ごし方、職探しの仕方、従業員を上手に使うこつ、家の買い方、記憶術、文法的な間違いの克服法といったことを取り上げますね。人は常に人間味あふれる話に興味を持ちます。ですから、私だったら、どこかの大金持ちに、不動産でどうやって百万ドル儲けたかというような話をしてもらったり、大銀行家やいろいろな会社の社長に、権力と富への競争をどう勝ち抜いたか話してもらうでしょうね」
こうしてシダールは雑誌の編集長になった。
シダールの成功は、読者の自己中心の関心に訴えたことにあるだろう。
・絵を浮かばせる
聴衆の関心ごとを捉えたら、後は話術だ。
絵を目の前に浮かび上がらせるような言葉を積極的に使って行こう。
「国民の風俗、習慣、娯楽が残酷かつ野蛮であれば、その国の刑法規定も厳しいものになるだろう」
こういう文章よりも、より「絵」を彷彿させるよう、
「戦闘や闘牛や剣闘士の戦いを好む国民ほど、絞首刑や火あぶり、拷問といった残酷な刑を科すものだ」
こう話した方が伝わりやすいだろう。
「不必要なことをする」を「純金に金メッキを施し、百合の花に彩色し、スミレに香水を振りかけるようなもの」と言い換えるシェイクスピアのセンスにならえ、と。
たしかにコトバによって視覚に訴えかけられている。
・興味は伝染する
あとは、話し手がいかに楽しそうに話すか、だ。
興味は伝染する。
話し手がまったく興ざめだといった感じで話をすれば、聴衆は鼻から興味を持とうともしなくなる。だが、話し手がパワフルに楽しそうに話せば、聴衆は興味が湧いてくるというものだ。
11.まとめ
本書はかなり断片的にいろいろ書いてあるので、以上に挙げた10章は、話があちこち飛んで分かりにくくなっているかもしれない。
そのため、ここは重要だ! というものを太字にしている。
さて、『カーネギーの話し方入門』。
1930年代に書かれた本だ。
とにかく、古い。
だが、言っていることは、現代にも通じる事ばかりだ。
この本が上梓されたということは、当時から「話し方」に不安を覚えていた人は多くいたということだ。
なんだか、そう考えると気が楽になるのではないか?
以上、書いたことをすべてやれば、スピーチは上手くなる!
そういうわけではないし、そもそも、そんな器用なことはできない。
というか、スピーチする機械などそもそもない!
でも、スピーチに限らず、日常会話においてもプレゼンにおいても、以上のことのいくつかは頼りになるのではないだろうか?
料理をするのに、レシピはあっても、そこにアレンジを加えてもいいように、以上書いたことをどう料理するのかは、その人次第だ。