正体について

……霧に充ちた森の中を悲哀と憤怒が渾然一体になった状態の僕は走る……あれは過去の僕だ……ああ、過去の僕はそそり立つ崖に向かって走っているよ……断崖絶壁……まさか登るんじゃないだろうね……ああ、過去の僕は止まったよ……うん? 誰か崖を登っているようだ……ああ、彼も僕だ……今の僕か? いや、未来の僕か……そうだ、今の僕はここにいるわけだから、今の僕が彼であるわけないよな……過去の僕が何か叫んでいる……危ないから降りろ……もっともだ……だが、あの崖のてっぺんに何があるか、僕は気になっている……ああ、ここは暗いからな。霧に充ちた森だ……あの崖のてっぺんの空気はきっと澄んでいることだろうよ……未来の僕の背中に何かが当たった……小石? ああ、過去の僕がそれを投げたみたいだ……馬鹿……やめろ……未来の僕が落ちてしまう……過去の僕と未来の僕が重なり合ってはいけない……凝り固まった砂時計さながら……この世界の時は止まる……やめてくれ……過去の僕はまだ石を投げている……やめてくれ……お前は存在してはならない……お前は存在してはならないんだ……判るか? ……過去の僕はもう死んだんだ……もう死んでいるはずなんだ……消えろ……役目を終えたなら舞台から消えろ……過去の僕が今更何をあがこうとも何も得られない……そうやって、未来の僕を攻撃することしかできない……消えろ……お前は怨霊なのかもしれないな……お前はこの世を恨む幽霊なんだ……そうかも、しれないな……僕はどうすべきか? 今の僕はどうすべきか? ……今の僕は何をしているのか? ……この光景をつくりだしているのが今の僕だとすれば、過去の僕の悪行をやめさせるのも僕ではないか? ……僕が映画監督ならこんなシーンカットだ……あ、いや、僕はその映画監督みたいなものではないか! ……そうか……じゃあ、カット!