阿部共実『月曜日の友達』

 月曜日の友達

 

 これはもはや文学だ。

『月曜日の友達』

 私は、あまり漫画を読まない。

 昔はけっこう読んでいたが、最近はまったくだ。

 こんなことを言っては何だが、バトル系の漫画はまず読まない。

 面白いと感じないわけではない。実際、『鬼滅の刃』を読んで、面白いと感じたわけだし、『進撃の巨人』の設定にワクワクしたし、嫌いなわけではない。

 読んでいると疲れてしまうのかもしれない。

 なぜだろう?

 もしかしたら、現実ではありえない状況の中、あれこれと振る舞っている登場人物の感情についていくのにせいいっぱいだからかもしれない。

 それだったら、ドラマ要素なんていらないから、すべてギャグに注力した漫画を、頭空っぽな状態で読んでいた方がいいと思うことさえある。(実際、私は『ギャグマンガ日和』とか『いぬまるだしっ』とか愛読していた)

 

 まあ、そんな私の内実はさておき、今回、阿部共実先生の『月曜日の友達』について、いろいろ書いていきたいと思う。

 

 

 

・出会い

 

 阿部共実さんの『空が灰色だから』を読んだとき衝撃を覚えた。

 なぜその作品を手に取ったのかは覚えてないが、何でも全五巻を一気に買い、一気にファンになった。コメディな話、怖い話、後味の悪い話など多岐に渡るジャンルの話が収められている。

「4年2組熱血きらら先生」:日常的な怖さが多いに現れた作品

「世界一我儘な私から世界一ブスなお前に」:感動的な作品

「こわいものみたさ」:オチが判らな過ぎて怖い作品

「名のる名もない」:感動的な話と思いきや……という作品

「マシンガン娘のゆうつうつうつうつうつうつうつうつうつうつうつうつうつうつうつ」:共感できる話(明るい子の内面って実はこうじゃないかな?)

 などなどなど、なぜか昔買ったはずの空灰がどっか行ったので、今すぐ買い直したいと思いました!(今まで漫画を買い直したいと思ったことがない。漫画って読めば、満足って感じだけど、空灰に関しては、読んでも読んでも味が出る。)

 ほかに阿部共実さんの作品は『ちーちゃんはちょっと足りない』(ちーちゃんはそんなことしてないよね(ネタバレになるのでここでは伏せておく)ととにかく祈った。これほど登場人物に祈りをささげたことはついぞなかった。)、『死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々』『ブラックギャラクシー6』『大好きが虫はタダシくんの』……で、今回の『月曜日の友達』。

『月曜日の友達』との出会いは、amazarashiだ(ここ最近の私のブログでたびたび登場している(させている))。

 第二次amazarashiブームが私の中でやって来て、ドンハマりしていたわけだが、その中で、『月曜日』という神曲に出会えた。MVを見て、『月曜日の友達』をまだ読んでいない段階なのに、感動してしまった。

 感動したからには、漫画を買って読まなくては! と思い、ibooksで購入。

で、また感動したので、今度はブログに書かなくては! と思い、今に至る。

 

・内容

 

 みんなが少しずつ大人びてくる中学一年生。

 そんな中であどけなさが抜けない女子・水谷茜。

 水谷はひょんなことから「俺は超能力が使える!」と突拍子もないことを言う同級生の男子・月野透と校庭で会う約束をする。決まって月曜日の夜に。

 

 そんなあらすじ。

 

 阿部共実さんは十代の少年少女を中心に彼らの内側に渦巻くさまざまな懊悩を抉り出すスペシャリストなので、今回の患者さんは水谷茜という小学生気分が抜けない女子で、彼女は周りが恋愛バラエティー番組を興じているなか、その話題について行けずに置いてけぼりを感じているのだ。

 そんな中、月野透に出会う。影が薄く、大人しい男だ。一度目の出会いは階段の踊り場。二度目は校庭。ちょうど彼が火木(ヤンキーの兄を持つ女子)というクラスのやんちゃな女子に絡まれていたのを水谷が目撃し、首を突っ込む。

「ひとり相手に集団で卑怯なことしてるんじゃない」と言って。

 それを見かねた水谷の親友土森が「義憤にかられ勇ましいことは結構だけど、女の子だし小さじ一杯分でもいいから危機感を持ちなさい。もう中学生なんだよ。」と言って、彼女の手を引く。(中学一年生とは思えないほど語彙が豊富だが、阿部作品のキャラクターはだいたいこんな感じであるのでスルーする。)

 水谷には姉がいる。姉は、中学を卒業したが、女子バレー部を全国に導き、生徒会長もやっていた美人で、とにかくとても有名人だった。話しかけてくる人みな水谷を「あの姉の妹」という目で見た。

 水谷に出会った日の夜、母親から姉が家に帰ってくるという話を聞いた。県外でスポーツ下宿をしている姉は毎週月曜日に家に帰ってくるそうで、そんな姉を母親は家族思いだと言った。「茜ももう中学生だしお姉ちゃんを見習いなさいよ」と母は言う。

 その言葉を聞いて姉は夜の底を駆ける。

 

 学校でも姉。

 家でも姉。

 姉に似てないのがそんなに変なのか。

 私は月曜日が嫌いだ。

 まだ慣れない中学校の日々が始まるから。

 友達と遊びも運動もできないから。

 姉が家に帰ってくるから。

 家にすら居場所がない曜日になったから。

 私はどうすればいいんだ。

 この気持ちをどうすればいいんだ。

 中学生になった途端気づいた。

 この町は窮屈すぎる。道も世界も生活も。

 なにひとつ気にせず考えず、動きたい走りたい飛びたい叫びたい。

 血液をめぐらせたい。体熱をあげたい。体と脳と水分を燃やしたい。

 どこか。

 だれか。

 

 と、思索をめぐらせ、たどり着いた場所は学校。

 そこで月野透と三度目の出会いを果たす。

 月野は校庭に円状になるようにいくつもの机と椅子を置き、しこたまの球をぶちまけていた。

 そして、水谷は自身の悩みをぶちまけた。

「私ってそんなに変なのか!? 恋に興味がないことは変なのか。女が体を動かしたいことは変なのか! 卑劣行為を無視しないことは変なのか! 姉妹に劣ることは変なのか! 私は何も変わってない。むしろ変わったのは周りのほうだ。中学生になると別世界だ。学校も家もみんな変わっていく。」

 それに対し、月野は淡々とした調子で答える。

「事件やニュースもないこの小さな町。大人になってこの町を離れる人は少なくないんだって。そんな小さな循環の世界の中の学校での評価なんてそこまで意味があるのかな。かわいいとかバスケが上手いとか友達が多いとか調子(ノリ)がいいとかくらいで上下が決められるだろう。君はたまたまその枠にはまらなかっただけだよ。別に変でもいいじゃないか。」

 月野は水谷を認めた。これに水谷は「今私の胸を締め付ける感情の正体は嬉しいって名前だ!」と婉曲的な言い方をして喜んだ。

 月野は自分は超能力が使えると言い、その手伝いをして欲しいと水谷に約束する。

……私は月曜日が嫌いだ。月野透と会う約束をしてしまったから。

 と、第一話は絞められる。

 

・水谷の悩み

 

 水谷はそれ以降、自分が遅れていることに頭を悩ませる。

 

 私はみんなより子供なんだ。

 みんなは私より大人なんだ。

 だから中学校では変に思われたり息苦しさを覚えたのかな。

 

 周りが化粧がどうとか話しているなか、カラオケを興じているなか、いつも頭の中に巡るのは月野のことだった。

 月曜日の夜、はっちゃけた気持ちで校庭で遊び回る。

 水谷は団体競技が好きじゃないだと言う。

 月野も同じく団体競技が嫌いだと言う。

 まさに似た者同士である。

 水谷の姉には将来貧しい国々をボランティアで回る医者になりたいという立派な夢があるのに対し、水谷の夢は空が飛びたいであり、その愚かさを自嘲している。

 だが、月野はそんな愚かな水谷の夢を認める。

「いろんな人間の大きな夢が今の豊かな現代社会を築いたんだ。愚かな夢なんてないよ。」

 と、言って。

 そして、超能力を使って、水谷の小さな身体を大空に放り投げてあげると言った。水谷の夢を俺が叶えてあげる、と。

 その無邪気さに水谷はわくわくしている。居心地よく感じている。

 だが、その月野は時折寂しそうな顔をする。……。

 その理由は月野が火木にゲーム機を盗られた日の夜に判明する。

 月野は盗られたゲーム機は自分と弟でお年玉を合わせて買った思い出のもので、水谷に貸すための約束のものだった。だが、それを盗った火木が憎いのではなく、何もできなくて生きていてみじめな自分自身が憎いんだと涙して言う。それが時折見せる月野の「寂しいそうな顔」の正体だった。

 そこで水谷は月野に友達になろうと言う。

「楽しいことやつらいことをわけあって一緒に生きていこう。」

 

・変わらない日々

 

 一度も成功したことのない超能力の練習。

 緩やかな意味のない時間。

 変わらない日々。

 

 月曜日の夜。楽しい時間。

 

 それはふとした瞬間に終わりを迎える。

 

 落ち葉が地面をこする音。

 校舎裏にだけかすかに届く金木犀の香り。

 冷ややかな空気にそれが交わり鼻をぬける。

 秋も暮れる。

…水谷はそんなことを思いながら、火木に月野から奪ったゲーム機を返すよう言う決心を固める。強い正義心を持っている彼女は火木に怯むことなかった。

そんな中、水谷は火木に「性格が悪いから連れの男どもに愛想をつかされたんじゃないのか。」と言う。水谷の言う通り、火木の周りにいた男たちは次第にいなくなり、月野にばかり付きまとうようになっていたのだ。

 それに対し、火木は「みんな兄貴目当てだ。私自身は価値がねえカスだからだよ。」と以外にも卑屈なことを言う。それどころか、「兄貴はとっくに死んでる。」と衝撃的なことを言う。高校には友達はいなかったし、葬式には誰も来なかった。だから、兄が死んだことを知らない人は多くいるのだという。そのことに対し、水谷は「今のお前と同じで兄の人となりが生んだ結果なんじゃないか」と言う。それに、火木は怒りを爆発させる。

 

「兄貴は確かに周囲に嫌われていたかもしれない。でも不良だからって盗みや弱いものいじめなど筋の通ってないことはしねえ。それに! 私にはめちゃくちゃ優しいんだぞ! 不良というだけで他人に迷惑はかかったかもしれん! だが他人に迷惑をかけないで生きてる人間なんていねえだろ! 不良は全員社会のゴミか。そうかもな! 嫌われたり悪く言われるのも仕方ねえ。兄貴もそれは覚悟のうえだ! とはいえだ! それ以上私の前で死人の兄貴を侮辱したら! この火木香が絶対に絶対にてめえを許さねえ! 私をすげえ愛してくれる! それだけで悪魔だろうが好きになるのに十分だ! この気持ちがわかるか。もし水谷の姉貴が何かを犯して四面楚歌になったらどうする。あることないこと何を言われても仕方ないと微塵も心が痛まないのか。自分だけでも家族を好きでいてあげたい守ってあげたいと思うだろ! それが家族ってもんだろ! 私が兄貴を守る!」

 

 火木の家族愛を爆発させた言葉。

 水谷は己が無礼を詫びつつ、弟、妹がいる月野を兄としての誇りを傷つけたことを言う。

 そこで、火木に学校で月野としゃべっているところを見たことないことを突きつけられ、水谷は月曜日の夜のことを言うのだった。

 

 月野にそのことを言うと、彼は「月曜日の約束はもうやめようか。」と言った。月曜日の夜のことを他人にばらされたことに失望したのだ。

 

 さらに月野は水谷とは似た者同士ではなかったと言う。

 水谷は変じゃなく、強すぎるだけだ、と。

 流されずまっすぐで感受性や好奇心が強く、独創的で、眩しいくらいに光を放つから、みんな扱いに迷うだけで、人には好かれている。

 だが、月野自身、自分が変なだけで、水谷とは違うと言う。

 

 このとき、水谷は何を思ったか。

 似た者同士だと思っていた。

 だが、それは違うと月野にはっきりと言われた。

 決してつまはじきもの同士ではない。

 水谷は人に好かれている。対して、月野はただ変で、周りから相手もされない影で……。

 

 そんな中、火木が月野にゲーム機を返しに来る。

「ごめんなさい」と謝って。

「月野と仲良くなりたかったんだ!」とも言う。

 泣きそうな顔で。

 

 火木がゲーム機を水谷に渡した瞬間。

 

 ゲーム機は宙へ浮かぶ。

 

 

・変わる日常

 

 

 火木が不良と群れていないからか、月野の周りによくひとが集まるようになった。水谷は月野にとってそれはいいことなのに何だか耐え難い気持ちになるのだという。

 

 孤独。

 それを象徴する思索。

 

「まるで私なんかしなかったかのようにお前は通り過ぎる。」

「こんなにも近いのに何よりも遠い。」

「私が約束を破って以来昼も夜も言葉も目も交わしていない。」

「でもお前が他の誰かといないことに安心してしまう。」

「私はみじめだ。お前のことを気にしないでいようとしても気になって仕方ない。」

「つらい。つらい。」

「なんでこんなにつらいんだろう。」

「こんなにつらい痛みがあることを私は知らなかった。」

「これが大人になるということなんだろうか。」

「心を、」

「悪意のない火木の心を傷つけてまで私は月曜日の約束を破り、月野の心まで傷つけた。」

「火木みたいに謝罪すれば、夢の中の二人みたいに戻れるのだろうか。」

「こわい。」

「自分が傷つくことより人を傷つけることがこわいことを知った。」

「自分が傷ついたことより人を傷つけたことがつらいことを知った。」

「こんなことならあの月曜日の夜。ふたりは出会わなければよかったのかな。」

(一陣の風)

「いや月野の為にも私はつらくあるべきなんだ。」

「自身の裏切りの罪を背負い罰の執行を謙虚に受け入れることがせめてもの償いなんだ。」

(水谷は爪で頬を切る → 贖罪のしるし?)

 

  冬休みの月曜日の夜。

  夢を見た。

  月野といる夢。

 

「燃やしたりないくらいに思い出がたくさんできると思ってた。」

「月野がいなくなったらこれだ。」

「姉に抵抗することや月野といることで自分の存在を確かめていた。」

「私自身には何もない空っぽな人間だと思い知らされる。」

「確かに私は自分のことをちゃんと考えたことがないな。」

「自分の未来を知らないふりし続ける人間は、幼い声そのままのしわしわの老いた子供になるんだ。」

「私は何になりたいんだろう。」

「私はどこに向かっているんだろう。」

「私は本当はどうしたいんだろう。」

 

 その夜、友人の土森に誘われ、公園で話をする。

 土森は水谷が月野のことで思い悩んでいることを指摘した。

 水谷は月野と仲直りしたいと思っているが、自分勝手なわがままの思い出、彼を傷つけたことを悔やんでいた。

 

「私は大人になれないんだ。」

 

そう言う水谷に土森は彼女の肩を引き寄せ、寄り添うようにこう言った。

 

「それでいいんだよ水谷。」

「大人になるっていうことは我慢したり控えることではなく、与えるってことだよ。」

「自分を犠牲にすることだけが思いやりじゃない。」

「人が人を思う願望やわがままが人のためになることだってある。」

「痛みや失敗を恐れて欲望を捨て人と関わらないことが大人だなんて私は思わない。」

「痛みや恐れを超えながら道を歩んでいく。それが人間の大人なんじゃないかな。」

 

 

 そのとき、無数の発光体が宙で明滅を繰り返していた。

 まるで、水谷の脈に呼応するように。そして、頬の傷が消える。

 

 

 始業式。

 三学期の始まり。

 

 水谷は月野と仲直りを果たす。

 月野の方から、「ごめん。」と。

 月野は自分の弱さを水谷のせいにしていたと、水谷のいない日々はからっぽだと、このままここで終わりにしたら水谷に出会う前の小学生のころの自分に戻ってしまう、と。

 

・超能力

 

 月野は超能力の正体を理解した。

(それについて仔細に述べるのはよしておく。)

 それを実践するため、月曜日の夜、例によって学校に忍び込んだ。

 ここで月野は今まで超能力にこだわっていたわけを明かす。

「特別になりたかった。」 

 ただ、それだけだったのだ。

 

 やがて、教師たち(みんな顔が黒く塗りつぶされている。『月曜日の友達』では、基本的に中学生より上の年齢のひとたちの顔は描かれない。水谷の母も姉も。中学生たちの世界であることを強調しているのだろう。)が月野・水谷を追い詰める。

しかし、火木が時間稼ぎをしてくれたおかげで、超能力の実践に移せるようになる。

 ここで月野はゲーム機を忘れてしまったことに気付く(なんでも、超能力の実践にはゲーム機が必要だったのだ)。

「こんなので誰かの特別になれるわけがないよな。」

 そう弱音を吐く月野に、水谷は強く手を差し伸べ、

「月野透お前はとっくに特別だ。」

 と言い放つ。

「人が自ずと特別になるんじゃない。人の心が人を特別にするんだ。お前はとっくに、私の心の中でくるおしいくらい特別になってしまっているんだよ!」

 お互いの手が触れる。

 

 ふたりは宙に浮かぶ。

 

 空を飛ぶ。

 

 夜空を後景に机たちがアラジンのじゅうたんさながらに舞う。

 

 水谷と月野はその机に乗って、眼下に広がる街を見下ろしながら、空を飛んでいることを実感している。流れる夢想の中を泳いでいるかのように、水谷は感じる。

 

 夜空の下、ひとりの少女が幽霊に話しかける。

 マルメラのにおい。

 かすかなディオール

 整髪料のかんきつの香りが残る、ヤンキースのパチモンのキャップ。それは少女――火木がずっとかぶっていたキャップだ。

 幽霊は火木を持ち上げる。

 火木は「幽霊いたのかよ!」と笑顔で言う。「私な友達がたくさんできたんだ。」

 学校での楽しい話を幽霊に語り掛ける。

「どうだこの制服。私は中学生になったんだ! もう心配なんかいらねえからな。」

 健気な笑みを浮かべながら。

「私はぜんぜん大丈夫だ。そんだけ! どうしてもこの一言だけ言いたくてよ。」

「だって急にいなくなるんだもん。」

 

「お兄ちゃん。」

 

 火木は幽霊を抱きしめる。

 何度も、何度も、お兄ちゃんと言いながら。

 

 ……

 

 水谷と月野は宙に浮かぶ机の上で語り合う。

 月野は水谷の言葉が好きだと言う。自分の言葉で綾を成し層を成し描き出す水谷の世界の瑞々しさが好きだと言う。

 水谷は将来物を書いたり作ったりする仕事がしたいことに気付いたと告白する。それは月野が気付かせてくれたとも。

 水谷は将来東京へ行きたいと語る。

 月野は将来もこの街に残ると語る。

 それぞれの未来を語り合う。

 月野はただ繰り返す日々の生活でも、傍に大切なものがあれば、それは悪くない、と言った。それが月野の出した結論だった。未熟な中学生だけど、彼なりに出した、今まで生きてきたなかで見出した結論だった。

 

「嫌なこともあった。」

「嬉しいこともあった。」

「人を思うつらさを味わった。人に思われる喜びを知った。」

「外から見れば下らないことでこの世の終わりと落ち込んだ。」

「そのあとに友達がたったひとりできただけでこの世の全てと戦えると思えるくらい幸いが血潮を沸かした。これからも出会いや別れや希望と絶望が入れ替わり繰り返し自分の心を叩き続けるんだろう。」

「それが生きていくことということだと思う。」

「生きている限りどんな人間も前に進んでいる。時間を止めることは決してできない。」

「その渦中でどういう生き方を選択するかの自由が人生だ。」

「世界を変えることは人にはできないが、自分が変わることはできる。」

「それが可能性だ。」

「すべての可能性を追い求めるだけが人生ではないと思えるようになった。そう思うんだけどでもまた欲しいものもある。難しいな。」

 

 月野は月曜日の夜、父と向き合う決心をする。

 水谷は月曜日の夜、姉との時間を大切にする宣言をする。

 この決心、宣言は、自動的に「月曜日の約束」の消滅を意味する。

 もちろん、いい意味で。

 

「俺は忘れることはないだろう。」

「この一年のことを 月曜日の夜のことを。」

「時間は止められなくてもこうして思い出に残すことはできる。」

「季節の空気や気温が、音やにおいが体温が、この肌に触れた感触が、しおりになって思い出を起こす。」

「君がいつか大人になった時にふと、時々でももし、この町で働いている俺のことを思い出してくれたなら、それはどれだけ大きな幸いだろうと思う。」

「道を歩いている自分の傍に君がいてくれたなら、それはどれだけ美しいことだろう。」

「けれどもし君が、」

「そんなことを夢みてしまうんだ。」

 

 月野と水谷の時間は止まらないが止まったかのような月曜日の夜、ふたりを邪魔する者のいない、ふたりだけの空間で、月野は確かに告白した。水谷もそれに笑顔で答えた。

 まさにハッピーエンド。

 

 そして、春。新学期。

 八ページにわたる学校校舎内の絵。

 何気ない日常の風景。

 そこには月野や水谷はいない。

「ねえねえあの動画みた? 今世界中で人気らしいよ。」

 そんな声が聞こえる。

 それが月曜日の夜、宙を浮かんだ机の行列のことかどうかは描かれていない。

 そして、最後に向かって描かれる教室のコマ、町の風景のコマ。そして、終わり。

 この描写はマンガじゃないと味がでない。

 いくら言葉で言い表しても興ざめする一方だ。

 

・まとめ

 

 文学だ。

 中学生にしては語彙力がありすぎだ。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 そんなことなどどうでもいいのだ。

 

 月野は水谷の言葉が好きだと言った。

 

 水谷が小説を読んでいる描写があったので、彼女が月野を感心させられるほどの言葉を紡ぎだせるのは、彼女自身の読書経験のおかげなのかもしれない。一時期、水谷は「最近は家で本を読んでいるほうが楽しい。」と言っているくらいだし。

 

 何でも、言葉にできるというのは幸せなことかもしれない。

 

 作家・林真理子は本を読むメリットとして、こう語った。

 

 読書で得られるいちばんのメリットは、心の中のモヤモヤを言語化してくれることだと思います。ドロドロしていた感情が頭の中でしっかりと形づくられて、これからの生きる指針のようなものになるんです。

 

 これはいわば、自分の心のモヤモヤを言語化できないとなると、そのモヤモヤに突き動かされて、とんでもない行動をとってしまいかねない、ということを意味する。

 幼い子は、感情の名前を知らないから、怒りを覚えれば、暴力に出たり、泣いたり、わめいたりする。

 だが、大人になるにつれ、怒りは怒りと知っているから、ある程度の怒りを抑えることができるようになる。

 だが、複雑な感情の場合どうだろうか。

 人との出会いを通じて、「嬉しい」「哀しい」「喜び」などの言葉では言い表せない感情がたくさん生まれる。「嬉しいのに、哀しい」「喜びたいのに嫉妬」といった相反する感情の芽生えることだってある。

 

 amazarashiの「月曜日」

 その最後の漫画は本編には収録されていない。

 月野が考え事をしているのに気付き、水谷は尋ねるのだが、月野自身、何を考えていたかわからないのだという。水谷はそれをおかしいと言うが、月野に「水谷は自分の考えていることをよく理解しているの。」と訊く。

 水谷は「子供じみた、浅はかなことだし、理解の必要がない」といった旨を言い出すのだが、月野は「水谷は時には大人じみているし、浅はかでもない」と言い、否定する。「水谷だって自分のことよくわかっていないじゃないか。」と。

 

 自分の考えていることも自分でちゃんとわかっていないなんて変なものだな。

 

 水谷は、そんな月野を見て、自分の中に正体のわからない感情が生まれるのを感じた。

 

 この場面は、本編におけるどの時系に位置するかは判らない。

 だが、少なくとも、夜空を飛ぶ前の話だと思う。もしかすると、月野と一時期言葉を交わさなくなるきかっけとなったあの秋よりも前の話かもしれない。

 

 その理由は、明るすぎる、あのハッピーエンドは、水谷と月野の言葉の獲得を意味しているからだ。あの時点で、自分たちのやりたいことをしっかりと理解しているのだから、自分のことが自分でわからないといった初歩的な疑問の壁に対峙している段階ではないと言える。だったら、言葉にできない、その苦悩の渦中にいたのは、やはり月野といっしょにいるだけで高揚感を味わっていた、あの日常の不変を願っていた、月曜日の夜を楽しみにしていた、あの夏での出来事の中での話ではないのか? と、私は推察する。

 

 いずれにしても、

 この漫画はすごい。

 構成もすごい、演出もすごい。

 

 水谷はやりたいことを見つけた。光を見つけた。

 その光を見つけられないことに思い悩む人は多くいる。

 だが、この漫画は別の解を提示した。

 月野はさしてやりたいことがあるわけでもない。ただ、特別になろうとした。

 だが、気がつけば、特別になっていた。

 水谷に出会ってから、自分はもう特別だった。

 そして、大切なものが傍にあれば、それだけでいいという結論を出した。

 やりたいことではなく、大切なものを守ることに、生きる意味を感じた。

 それが、もう一つの解。

 

 誰しも、大人にならなくちゃいけない。

 

 その中で思い悩むことは多々あると思う。

 だが、哲学的とも言えるふたりの数々の台詞から、何かを見出したように思えた。

 金言というべきか……。

 

 私は最近悩んでいる。

 悩みの壁にぶちあたっている。

 

 よく考えれば、私は学生時代(大学生時代を除く)、思い悩んだことなどほとんどなかった。将来のこと、人間関係のこと、いっさい悩みなく生きてきた。だから、大人になるためのステップを踏まずにここまで歩んできたのだ。

 

 今、こうして悩んでいるというのは、大人になりつつあるという証左なのかな?

 

 今更かよ、と思われるかもしれないな笑

 

 でも、大人にはなりたくないって歌詞を痛いほど感じ取ったのは、ほんのつい最近のことなんだよ。

 

 その歌詞が、大人になったけど、大人になれていない自分の心を抉る。

 

 中学生になって、周りが大人になっていくさまに焦燥を覚える水谷に共感を覚える。

 

 水谷が大人になった姿を見て、焦燥を覚える。

 

 世界は変えられない、でも、自分は変えられる。

 

 そうなのだ。

 

 

 

月曜日の友達(1) (ビッグコミックス)

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月曜日の友達(2) (ビッグコミックス)

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月曜日

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