石田衣良『5年3組リョウタ組』
久々です。
試験とかで忙しくて更新できていませんでした。
はい、言い訳はさておき。
石田衣良『5年3組リョウタ組』
主人公は中道良太という茶髪でネックレスをつけたチャラい感じの25歳の小学校教師。聡明というわけではなく、熱い教育理念を抱いているわけでもないが、涙もろくてまっすぐな性格の男性。子どもに対し、真摯な姿で向かうことのできる、そんな教師。
そこで感銘を受けた部分がいくつかあるので、そこを紹介しようと思う。
第一章 四月の嵐にて
元也という日頃ブランド物の服を着ていて、学業優秀な男の子がいる。
そんな彼の父親は会計士で、とても厳格なひとだ。昭和気質なひとでもあり、元也をダメ人間だと罵ったり、教室から抜け出すようなこと(そもそもその原因が父親にあるのだが)をしたら人様に迷惑をかけよってと暴力を行使したりする。
元也は父親の期待にこたえようと頑張るも、教室のなかにいると息苦しくなってしまい、何度も教室を抜け出し、誰もいない屋上へ向かう。
そんな元也に対し、良太は手を差し伸べた。
元也ひとりのために特別授業と称して一週間屋上でプライベート授業をすることになった。そうして始まった特別授業の中で元也は良太に対し信頼を寄せるようになる。
そんな中、良太はクラス競争でほとんど最下位をとっていて(※良太の勤務している高校では学力テストがある。そのテストで良太のクラスが毎回のようにビリをとるのだ)、そんな自分を「ダメ教師」だと言う。これを聞いた元也は「中道先生はダメ教師なんかじゃない。ぼくのことを見捨てないでいてくれた」と言う。
(教師というのは完璧に見せるものではなく、ときに弱点をさらけだすのも大事という教訓だと受け取った。)
すっかり良太を信頼するようになった元也はこんな質問をする。
「先生、息ができなくなるのは、どうしたらいいんですか」
と。
良太はこう返す。
「逃げちゃっていいよ」
「逃げてもいいけど、誰もいないところまでいったらダメだ。ひとりでもいいから救命ロープになる人を見つけておいたらいいんじゃないかな。そうしたら、こちらの世界に帰ってこられるから」
逃げてもいい、というのは確かに疑りたくなるような、耳障りのよすぎる言葉である。(シンジくんと真逆を行く)
しかし、逃げてもいいけど、ひとりで誰もいない場所に逃げるのはよくないと留保している点に「なるほどな」と思った。
やはり、頼みの綱になるのは「頼れる人」だということだ。
孤独はひとをむしばむ。
孤独を好む人間はいるが、それは心に余裕があるときだけだと私は思う。
心身が疲弊していて、追い込まれているような状態のときに、光となるのは他人の存在である。間違いない。
だから、もし、子どもがそんな状態になるまで追い詰められていて、それなのに誰にも頼ろうとせず、自分の殻の中に閉じこもろうとしているならば、必ず、大人が手を差し伸べなければならないのだと思う。
子どもは自分の心中を明かせないのだから。
作中の元也もそうだった。
父親から「ひとりで抱えこんで、最後の最後まで自分の気もちを明かそうとしない。〈中略〉世のなかにでれば、実際はもっと厳しいからな。誰もなにもいわずに、無能な人間、無用な人間を切り捨てていくだけだ」と言われている。
そんな父親に対し、若い青年良太は「では、無能で無用だからと、おとうさんは自分の子を切り捨てられますか。世のなかがすべてそうなっている。だから同じように子どもに対するというのは、おかしな話だと思うんです。それに耐えられない子もいる」と切り出す。
それに対し、父親は負けじとこう言う。
「だから学校の先生は純粋培養だといわれるんだ。大学をでてすぐに先生と呼ばれるなんて、そちらのほうがおかしな話だ。社会の厳しさも、人の冷たさも知らずに、教育ができるんですかね」
……この諍いは元也の母親、副校長などの仲介もあって止められるのだが。
そんな中、良太の友人染谷(優秀で管理職からの評価も高い)はこうつぶやく。
「誰かに認めてもらえるというのは、とてもうれしいことですね」
「認めてくれる相手が、大切で尊敬している父親だったら、もっとうれしいと思います」
染谷はそこからさりげなく、元也の問題行動(授業の中抜け)は学校側ではなく家庭内に問題があることを指摘し(なかなかできるものではないし、おそらくだがやっちゃいけないと思う)、副校長がとりまとめを行って、面談は終了することになった。
私は最後の良太と元也のやり取りに感銘を覚えた。
少し長いが、引用する。
「これから先生がいうことは、ちょっとむずかしいかもしれない。でも、しっかりきいて、あとでよく考えてごらん。あのね、親と子でも、兄弟同士でも、まるで性格があわないことがあるんだ。人間同士だからね、好きだったり嫌いだったりするのはあたりまえだよね。ときどき正反対のタイプが、たまたま親子になったりする。だから、そういうときは強いほうが、相手にあわせてあげなくちゃいけない。おとうさんと本多くんだと、強いのはどっちだろう?」
元也は迷わず即答した。
「おとうさん」
良太はクイズ番組のようにおおげさに男の子の目のまえで人さし指を振ってみせた。
「違うよ。強いのは、本多くんのほうだ」
「でもどうして」
良太は窓の外に広がる清崎の港に目をやった。今この瞬間、この景色を眺めているのは、元也と自分だけしかいない。きっと人を教えるというのは、こんな時間を何度つくれるかなのだと思った。
「本多くんのおとうさんは、先生の何十倍もお金を稼いでいるかもしれないし、この街で力のある人のほとんどを知っているかもしれない。頭だっていいし、力も本多くんよりずっと強い。でもね、ふたりの人がいたら、相手のことをよりたくさん感じて、わかってあげられる人のほうが、絶対に強いんだよ。おとうさんは本多くんの気もちがわかっていたかな」
男の子はぼんやりとした表情で、首を横に振った。
「じゃあ、本多くんはおとうさんの気もちはわかっていた?」
少年はうなずくといった。
「ぼくのことが心配で怒っていたのは知ってる。いらいらしてたし」
〈中略〉
「ほらね、そういうときは本多くんのほうがやっぱり強いんだ」
元也の表情がぱっと輝いた。
「強い人は、弱い人の気もちを考えてあげなくちゃいけない。弱い人は自分を変えられないし、相手の気もちになることもできない。だから、先に気がついたほうが、相手のことを守ってあげるんだ」
「ぼくがおとうさんを守る?」
「そう。本多くんは強いから、おとうさんに気もちをあわせて、守ってあげよう。おとうさんは世間は厳しいっていってたよね。無用な人、無能な人は切り捨てられるって。でも、同じようにただ正しいだけの人も、立派なだけの人も、お金をもっているだけの人も、尊敬されないんだ。本多君が、おとうさんを守ってあげよう。おかあさんも守ってあげよう。それができるのは、本多くんの家ではきっとひとりだけだ。いいかな」
いいな、と思ったところは太字にしている。
教員の役割は以上のようなところがあるのだろう。
教育とは純粋培養だろうか。
いや、人がよりよく生きるための社会の実現を目指すものだろう。
それの何が悪いというのだろうか?
いや、何も悪くない。
きれいごとを言うな、という社会に魅力はない
そんなことを思う、七月のあつい夜。