21世紀を生きる 『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』

 昔からクレヨンしんちゃんが好きだった。

 漫画は全巻持っているし、途中まで映画はすべて見ていた。

 その映画の中でも大好きなのは『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』だ。

 この映画ではマサオくんがバスを運転するときの覚醒シーンが有名だが、私としては、ある晩、テレビで「明日の朝、お迎えにあがります」と放映され、ヒロシとみさえが急に取り憑かれたように豹変するあのシーンの方が衝撃が大きかった。

 

 この映画では「子ども」と「大人」の対立構造が如実に描かれている。

 まず、20世紀博と呼ばれる大人たちが子どもの頃を懐かしむことができるテーマパークが埼玉にでき、世の大人たちはそこで満喫する。しかし、子どもの方は、大人たちの言う「懐かしい」を共有できないので、至極退屈だと感じている。

 この分断がよく描かれている。

 私が子どもの頃は、けっこうノスタルジーな雰囲気、三丁目の夕日のような昭和の風景に憧れを抱いていたし、昔の音楽も親の影響でよく聴いていたので、この映画を変な感じで味わっていたのだが、再視聴し、子どもの視点(つまり、しんのすけ視点)に立ってみると、なかなかホラーだなと感じた。大人たちが幼児退行したかと思えば、大人たちに捨てられる。怖い、の一言につきる。

 

 風間トオルくんが「懐かしいってそんなにいいものなのかな?」と言っている。その通りで、子どもにとって「懐かしい」という感覚はない。子どもたちにあるのは「今」と「未来」だけだ。

 大人になると、よく「昔はよかった」と言い出す、と言われるが、その感覚は今になってよくわかるようになった。もちろん、高校生ぐらいのときからその感覚はわかっていたつもりだが、最近は、教師をやっていて、生徒とのジェネレーションギャップを感じるたびに、そう思う。

 昔はたいてい美化される。

 だから昔を懐かしむのだ。

 ……と、そういった理由もあるのだろうけど、一番は「今」と「未来」に夢を抱けない社会になっているからではないか? だから、懐古趣味に走るのではないだろうか? いわば、現実逃避なのだ。

 映画の中でも、敵役(というには魅力的すぎるのだが)のチャコは現在の21世紀を嫌っていて、現代人について「心が空っぽだからもので埋め合わせ、いらないものばかりつくって心が醜くなっていく」と評している。同様にケンも現代を「汚い金と燃えないゴミに溢れている」と、20世紀に憧れていた夢の21世紀との乖離に嘆いている。

 そこでケンとチャコはリアルな20世紀を思い起こさせる「懐かしいにおい」を使って、黄金の20世紀に時を戻そうとする計画を立てるのだ。

 いわば、ケンとチャコの子どもたちの未来を度外視した利己的な計画である。

 しかし、その計画はしんのすけによってつぶされる。

 まだ大人になっていない、未来に希望を持っているしんのすけに。

 

 この映画を端的にまとめると、「現実を嫌い、未来に夢を持てない大人の計画を、未来に夢を見る子どもが阻止する」映画である。

 

 私自身、来たる未来にそれほど希望を持っていない。

 これからどんどん変な方向に未来は進んでいくんだと思う。

 その顕著な例が、最近ずっとこのブログで言い続けている「多様性」をめぐる問題。

 さらには物騒な事件が立て続けに起こっていることや、スマホなどの機器をめぐる多様化された犯罪が後を絶たないこと。

 時代が進化するにつれ、今まで起こらなかったことが起こっている。

 スマホの普及で、子どもたちはなんだか淡白になってきている(教育現場で肌身をもって感じている)。

 現実に「希望の光」がないのに、どうやって未来に希望を抱けようか?

 でも、いくら悲観しても未来は来る。

 それでも、未来を生きないといけない。

 この未来から逃れようとするのは「ずるい」のだ。

 

 計画を頓挫されたケンとチャコは自殺をしようとするのだが、しんのすけが「ずるいぞ」と言うのだ。それがしんのすけがふたりが自殺しようとしたのを予期して言ったのかどうかは定かではないが、このセリフはぐっとくるものがある。

 

 そう。

「ずるい」のだ。

 来たる未来を、まだ見てもいないのに、途中で降りるのはずるいのだ。

 現実がいくら醜くても、生きづらくても、しんどくても、途中で降りることは「ずるい」こと。

 これは自殺願望が強い人にとってはなかなか酷な言葉として響くかもしれないが、まだ未来に希望があるかもしれないのに、というか、しんのすけのように未来に希望を抱いている子どもたちが生きているというのに、大人たちがこの世界を醜いからと忌み嫌って自殺しようとするなんて「ずるい」のだ。

 

 子ども向けアニメに対して、熱量多目に書いてしまった。

 しかし、この映画に関しては「子ども向け」とかもはや関係がない。

 老若男女問わず、大事なテーマが描かれている。

 過去を振り返り感傷に耽るのはいいことかもしれないが、未来から目を背けてはいけない。

 時計の針が止まることはないし、ましてや遡ることなんてないのだから。